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統一人文学がもしもあるなら

自分の考え
これはまだまだ概念だけしかできていないうえにそもそもこの名前すら怪しい物でもありますが、一つの学問の到達点としてこれを提唱していきたい。

そもそも、この考え方の基礎になっているのは物理学で多数の科学者が研究している。統一物理学の考え方から引っ張ってきている。統一物理学とは、重力、電磁波、弱い力、強い力からまた全て一つの力に統一できるということが物理学の授業にあったことだ。

物理学ではなく文系学もこの考え方はできると大学入学時に考えていたが、良くも悪くも文系の学問とは好き嫌いに分かれる上に、全ての文系学に適正がある人はあまりいないだろう。人文系は何で全て説明できるか?人間の社会や文化の違いとは?法律や経済は?概念は?歴史は?結構統一できないものが出てきた。マクロとミクロに分ければ、歴史にマクロの分野経済、法律、社会、文化を主に入れて、ミクロに哲学、心理学、文学、個人の物を入れていくという考え方や国際文化とは全てが入ると考えたり、経営と宗教は交ぜたら面白そうだとか、神話が最初の文系の学問だけど今は残ってないから変化したのも面白そうだ。

完成はしなかったが結果的には、かなりの勉強にはなったし極悪の学問や宗教もこれを目標としなかったらしなかっただろう。文系の学問を理解するにはその人の学力や知性以上に、性格や運も求められてしまう。良い本や良い環境、良いタイミングに読めば難しい本でもすらすら理解できるということも普通にあるのが文系の世界。性格は、単純にその人が改革派だったら改革派の本を読めば簡単に理解できるし、逆に改革派から無関心な課題の物は理解できにくい。

文系の全てを理解できる存在がいるとすればそいつは、世界を統一できる王になれるといっても過言ではない。