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The Han Feizi

The Han Feizi (Chinese: 韓非子; Old Chinese:「g]ˤar  pəj tsəʔ) is an ancient Chinese text attributed to foundational political philosopher,"Master" Han Fei. It comprises a selection of essays in the "Legalist" tradition on theories of state power, synthesizing the methodologies of his predecessors. Apart from administration, it touches on diplomacy, war and economics.Its 55 chapters are the only such text to survive intact, most of which date to the Warring States period mid-3rd century BC.

 
Han Fei's writings were very influential on the future first emperor of China, Qin Shi Huang. After the early demise of the Qin dynasty, Han Fei's philosophy was officially vilified by the following Han Dynasty. Despite its outcast status throughout the history of imperial China, his political theory continued to heavily influence every dynasty thereafter, and the Confucian ideal of a rule without laws was never again realized. Shu Han's chancellor Zhuge Liang demanded emperor Liu Shan read the Han Feizi for learning the way of ruling.
 
Though differing considerably in style, the coherency of the essays lend themselves to the possibility that they were written by Han Fei himself, and are generally considered more philosophically engaging than the Book of Lord Shang. They are also valuable for their abundance of anecdotes about pre-Qin China.
 

Praxis

Han's worldview describes an interest-driven human nature together with the political methodologies to work with it in the interest of the state and Sovereign, namely, engaging in wu-wei (passive observation), systematically using Fa (law, measurement, statistic) to maintain leadership and manage human resources. Rather than rely too much on worthies, who might not be trustworthy, Han binds their programs (to which he makes no judgement, apart from observances of the facts) to systematic reward and penalty (the "Two Handles"), fishing the subjects of the state by feeding them with interests. That being done, the ruler minimizes his own input. Like Shang Yang and other Fa philosophers, he admonishes the ruler not to abandon Fa for any other means, considering it a more practical means for the administration of both a large territory and personnel near at hand.
 
Han's philosophy proceeds from the regicide of his era. Goldin writes: "Most of what appears in the Han Feizi deals with the ruler’s relations with his ministers, [who] were regarded as the party most likely, in practice, to cause him harm." Han Fei quotes the Springs and Autumns of Tao Zuo: “'Less than half of all rulers die of illness.' If the ruler of men is unaware of this, disorders will be manifold and unrestrained. Thus it is said: If those who benefit from a lord’s death are many, the ruler will be imperiled
 
 
 
Quotation
Talented and innocent people are banished by them, politics go bad, and the dynasty hangs.
 
矛盾=contradiction; absurdity; antinomy
 
守株=lack of innovation; stupidity
 
箕子の憂い=Sorrow of Jeremiah

Japanisch

漢字 - Kanji ひらがな - Hiragana Romaji Bedeutung
いち ichi eins
ni zwei
さん san drei
し、 よん shi (yon nach 10) vier
go fünf
ろく roku sechs
しち、 なな shichi (nana nach 10) sieben
はち hachi acht
きゅう kyuu neun
じゅう juu zehn
ひゃく hyaku hundert

 

漢字 - Kanji ひらがな - Hiragana Romaji Bedeutung
一時 いちじ ichiji ein Uhr
二時 にじ niji zwei Uhr
二時半 にじはん nijihan halb drei (半 bedeutet halb)
二時四十五分 にじよんじゅうごふん nijiyonjuugofun 2:45 (分 bedeutet Minute)
..usw
 



 
漢字 - Kanji ひらがな - Hiragana Romaji Bedeutung
 一月     いちがつ    ichigatsu Januar
 二月  にがつ nigatsu Februar
 三月  さんがつ sangatsu März
 四月   よんがつ shigatsu April
 五月  ごがつ gogatsu Mai
 六月  ろくがつ rokugatsu Juni
 七月  なながつ(しちがつ) shichi(nana)gatsu Juli
 八月  はちがつ hachigatsu August
 九月  くがつ(きゅうがつ) ku(kyuu)gatsu September
 十月  じゅうがつ juugatsu Oktober 
 十一月  じゅういちがつ juuichigatsu November
 十二月  じゅうにがつ juunigatsu Dezember












漢字 - Kanji ひらがな - Hiragana Romaji Bedeutung
日曜日 にちようび nichiyoubi Sonntag (日 - Sonne/Tag)
月曜日 げつようび getsuyoubi Montag (月 - Mond)
火曜日 かようび kayoubi Dienstag (火 - Feuer)
水曜日 すいようび suiyoubi Mittwoch (水 - Wasser)
木曜日 もくようび mokuyoubi Donnerstag (木 - Baum/Holz)
金曜日 きんようび kinyoubi Freitag (金 - Gold)
土曜日 どようび doyoubi Samstag (土 - Erde)
今日 きょう kyou Heute
明日 あした ashita Morgen
昨日 きのう kinou Gestern
一昨日 おととい ototoi Vorgestern
明後日 あさって asatte Übermorgen (ein kleiner "tsu" (っ)
macht den Doppelkonsonant)
今朝 けさ kesa Heute Morgen
今晩 こんばん konban Heute Abend
いま ima jetzt

黄老思想と韓非子

黄老思想とは中国の前漢の初めに流行した思想。
黄帝を始祖とする。
黄帝老子への崇拝が融合して成ったとされる。
その根本は無為自然であり、鷹揚として細かいことにはこだわらず、意識にのぼることなく自然と化することにある。
老子は「道が廃れるから仁義が存し、国が乱れるから忠臣というものが存する」という。
無為自然であれば全てはあるがままで無なのである。
尚、史記には韓非などを挙げて黄老思想が本となって法家思想が展じたと記されている。
法家の思想と黄老思想は根本義においては相容れ難いが、法家の無為によって人心掌握を得る「術」と人が立脚してなすべき道を明らかに定める「法」は、あまりに功利的で作為的ではあるが、その出発点が異なるとも言えない。

 

韓非子を研究していくと、必ずや老荘思想黄老思想が比較されることが多いが上記のように韓非子は経歴上百家争鳴と言われる思想がとても発達した時代と戦国の後期に生きていた。韓非は性悪説を説く儒家荀子に学んだといわれ、その後出身地の韓に仕えていた。そのせいか、色々な思想に触れ、影響され君主の立場になって書いたと思う。

 

その中に初期の黄老思想が入っていてもおかしくはない

掃除を拒絶する新人の処方箋がみたいについて

自分はね、優等生というわけでもかといって、ワルというわけでもなかった。どちらにもなれず、ぶらぶらする中途半端な存在だった。だからこそ見えるものがあるんだけどね

anond.hatelabo.jp

 

 要約すると、配属された新人は整理整頓はきちんとしているのに何故共有地「倉庫」を掃除しないのかわからない

 これを見た瞬間、学校の掃除しない人する人と同じ問題だろ!

学校で精神を育むためとかいって、古い掃除道具を使ってみんなで掃除をやらせますがサボる人と真面目にやる人がいますよね

 

正直、自分はこれを見ていたから掃除に心を磨くなんて幻想は一つもありませんでした。

きれいにするだけならば、新しい道具を使えばいいと、それに速く終わっても時間内は好きにできないという意味不明なルール

 

だったら適当にサボる人も出てくるわけで、それに対して負担が増える人も出てくるわけです。

 

どう考えたって無意味だろ

 

絆とか、一体感とか絶対掃除ごときではできないから

掃除で、成功したとか言う経営者は形ではなくそうしようと努力しようとした結果なったわけで掃除というツール、儀式が役立つことはこのケースで行くとお金の節約しかない。

 

社会人は責任回避とかそうした能力が高い集団だ。掃除もサボり集団になりかねん。これを最初から知っていたのかもしれん。

荒木先生もここから柱の男とか考えたに違いない。

自然豊かな土地に行き、ふと思った。

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吹き付ける海風、そして今にも動き出しそうな石像。ただの石だけど漫画家はこうした石から何かしらのインスピレーションを感じ取ったのかもしれない。

 

柱の男の登場シーンを思い出して欲しい、壁から急に復活して暴れてたり、サンタナに関しては石像の状態で血液を投入したら復活したのだ。

 

究極生命体になったカーズをシュトロハイムは神と言った。もしかすると昔の人はこうした厳しい自然から、神やその物語を作り出したのかもしれん。

 

 

タバコが非難される理由を考えてみた。

タバコがここ最近、非喫煙者が喫煙者に対しての公権力と正義の力を借りた包囲がすごいなぁと思っていて何がみんな喫煙者に対してそうさせるのか面白いから考えさせてもらった。

 

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一、副流煙から自分の健康を守るため、自己愛。

 

二、喫煙者に対する妬み、会社員勤めの人が世の中多いですよね。タバコを吸っていたらサボっていても考えているふりもできるし、合法的に席も外せていたというメリットの享受。そうしたことに対しての嫉妬が噴出。

 

三、現代社会が、過度な娯楽や刺激はいらない。ほどほどで満足し、老後ずっと健康で長生きし、不快なものはいらない、良い人でありたい、グリンカーの善きアメリカの人を少しアレンジしただけなので気にする必要はないですよ

 

こうしたことを考えるのは少し面白い。折角メディアが何度も流すから道徳の題材にしてみてもいいかもな。色々な方向から考えるというにはかなり適している。

 

 

精神病よりも普通の人が怖い

よく、精神病の人が怖いとか言われているような気がするが自分はそうは思わないむしろ普通の人の方が怖い。

 

抑うつリアリズム」という説がある。これは、軽度から中程度のうつ患者に限られた理論であるが、うつ状態に陥るのは「誤った」考え方のせいではなく、ただ世の中をありのままを見ているだけだというのだ。

この考え方が作った実験

この抑うつリアリズムという仮説を提唱したのは、アロイとアブラハムという研究者たちでした。

彼らの実験では、まず抑うつ者と非抑うつ者の参加者たちにどのように操作しても必ず勝つようにプログラムされたコンピュータゲームを行ってもらいました。

ゲーム終了後、彼らは「ゲームの結果について、自分でどの程度コントロールできたか」をそれぞれの参加者に評定してもらいました。

その結果、非抑うつ者では「勝ったのは自分の能力のため」と、自分のコントロールを高く評価するというポジティビティ・バイアスが見られたのに対し、抑うつ者たちには自分のコントロール能力を高く見積もる錯覚が認められませんでした。

 

だがどうしてそこで、普通の人の方が怖いと自分は書くかナチスを率いたヒトラーが精神病だったという仮説をとある番組で見ましたが、自殺した「ゲッペルスヒムラー」以外は全員精神的に的に見ると普通の人だったのです。ただヒトラーが提唱した世界を実現させようとした人たちであるだからこそ自分が間違えているとは思わない、企業でいうところの金儲けを熱心に励んだ結果、他の社会のことはどうでもいいと思う人たちと同じである。ハンナ・アーレントも悪は悪人が作り出すのではなく、思考停止の凡人が作る。と言っています。これはかなりの人が衝撃を受けることでしょう。

 

他にも監獄実験という囚人グループと看守グループと分けて肩書きが人を作る可能性を確かめる実験もそうなった。人は役割を与えられると何かしら順応するようだ。ただ、本来必要がない幻想を使用して

 

普通の人は、一つの社会、共同体、イデオロギー、宗教、金とかそうしたものを理想化しすぎる。精神病者の方が現実を見ていたり、狂っていると思えることが彼らなりに完結しているぞ!

 

刑事責任を逃れることだけに焦点を当てているようですが、死刑にしても何も帰らないし死ぬのが怖いなら事故死でも普通に死ねるし、殺されたくないなら人とかかわりを持たないことだ

 

 

 

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