道徳教育は無駄である。

孔子、釈迦、モーセ、キリスト、ムハンマド、世界の道徳の有名所を出していきましたが道徳で人類が善人になるならば偉大な道徳家とその弟子たちの努力の成果は当たり前に出ていて、今頃全人類資源の争いとか低規模な争いが歴史に刻まれることはなかったはず。

 

人ってね道徳で偽物の楽園を作られても満足できないの、どんなに道徳では悪と書かれている内容でもそうすることで自分にとって利益(快楽・知識・征服欲・性欲・食欲・好奇心・怠惰)そうしたもんが満たされるんなら平気で道徳なんて破るのが人間だ

 

人として正しいとかどうとかよく批判するが

 

立派な道徳者が決定権を握っている人間相手に話しても利益の前にはあなたの話や伝統は大変立派ですが我々はそんなモノはいくら用意されても興味ないので

 

この一言で立派な道徳者を無駄にするから悪人の方が増殖していく仕組みになってしまうのさ

懐かしい作文が出てきたので少しアレンジ

素顔同盟
すやまたけし

昔教科書で読んでその続きを書きなさいという課題で、主人公って仮面を外したいと欲求があるならばいつか大なり小なり争うよね

中学生のときは戦争してしまいましたが

その朝も目を覚ますと仮面をつけ,鏡に向かった。にせものの笑顔がそこにある。人工的すぎる,口もとだけでしか笑っていない。その他の部分は,目もほおも無表情ですらある。そしてなによりも,その無個性な笑顔はみんなと同じなのだ。人と同じであることは幸福なのだとみんなは言うが,ぼくはそれに退屈を感じている。

 

 

授業中もそのことばかり考えていた。先生は社会を教えていた。

「......つまり,市民が仮面をつけだしたことによって,人と人との摩擦はすっかりなくなり,平穏な毎日を送れるようになった......。」

先生は教壇の上で仮面に笑顔を浮かべ,熱弁をふるっている。確かに,怒った顔で授業をするより,このほうが便利なのかもしれない。だが,いつも同じ笑顔の先生は滑稽だ。

「......この便利さを,一度手にしてからは,元に戻るわけにはいかなくなった。やがて,この仮面は法令化され,制度として確立されるようになった......。」

仮面をつけて必死にノートを取る友人を見てこのシステムは茶番劇だと思った。

「......きみたちも現在,義務として仮面を着用しているわけだが,不便を感じたことがあっただろうか。考えてもみなさい。もし,きみたちが仮面をはずし,喜怒哀楽をそのまま表したりしたら......。この世は大混乱に陥るだろう。人は憎しみ合い,ののしり合い,争いが絶えなくなるだろう。いつもニコニコ,平和な世界,笑顔を絶やさず,明るい社会。仮面はわたしたちに真の平和と自由を与えてくれたのだ......。」

ぼくは友人にきいてみた。

「先生の今の話,おかしいと思わない?」

「なぜ? 笑顔のおかげで,ぼくたちはけんかをしないですんでいるんだろ。」

彼は笑顔で答えた。その仮面は実にニコニコだが人が争う理由は表情だけではない私みたいに破壊してやりたい気持ちから出てくる争いもあるのだ。

「......仮面をはずすという反社会的な行為が,人々に不安と恐れを与えるのは当然だ。そのような者を排除して,健全な社会を保とうとするのは......。」

 

ぼくは学校の無知に呆れた。たしかにこの仮面はある意味で便利かもしれないが、平和すぎるのも飽きてくる。

その思いから数年間が過ぎた。退屈な世界というものに飽きてきたし何よりもどの資料を探しても仮面がどれだけ平和と犯罪を無くしたかみたいな物しか見つからなかった。

 

素顔同盟党主になろう。確かに、仮面でニコニコした社会は便利だけど、社会も暗くなって来ている。

 

我は素顔同盟党主、私が存在する限り人々から争いというものがなくならないと知れ❗

 

ネットに流し宣戦布告した。

 

そこから大慌てになって犯人を捜査したり、仮面を外す便乗犯が出てきてパニックが起きた。

 

平和ボケで犯人捜査に不慣れ

 

我は仮面を外す理由は破壊したいから❗

仮面同盟のみなさんも感じてるでしょうがニコニコした仮面をつけても差別はなくならないぜ!

美声コンテストや透き通る声とか声で社会は評価されているからなー

 

これはみんな感じていた仮面をつけていても絵が上手いとか足が早いとか勉強が得意から始まり出世競争や、受験競争、企業の競争などの勝者敗者が大量に存在しているのが今の社会だ。そうして争いがないと信じているのは仮面の笑顔にみんな騙されているだけでは?

 

その男の発言の影響でみんな素顔になっていった。だが仮面と同じような幻想かもしれないが、制度や法律はいつか壊れるものできたときから自殺に向かっていくものさ

神話

昔々、神々が人間と普通に生活していた時代に人間は大きく2つに分かれていた。

 

神々を信仰し崇拝して恩恵を受け生きていくものたち

 

神々の身勝手さに憎悪し呪いながら生きていくものたち

 

何故?神々は好き勝手ができるかって、ある神は審判を司り、ある神は一人で人間の勇者たちを数万相手取り、ある神は人間に必要な道具を作り、ある神は畑や家畜の恵みを人間に、ある神は消えない火を、ある神は美しさで支配した。

 

人間は神々に似せて作られたが、神々に逆立ちしても色々どうしようもないのであった。

そして大多数の人間は考えるのを止めて多少理不尽なことがあっても神々を崇拝して、恩恵を得ようとした。

 

「神の像を作って踊っているのか?熱心なことだ。」

内心馬鹿らしいと思っていた。本気で崇拝しているならばもっともっと精密にできるはずなのに、毎年同じかそれ以下のものしかできない。

「終わればいいのに」

 

「ここに逸材が」

 

誰だ?

 

「私は、○○神とでも何とでもあなたはこの祭りがくだらないと」

 

ああ

 

「ふふふ、憎しみあふれる人は多くいましたがくだらないといった人は初めてだ。あなたにこの光景を」

 

人がたくさん歩き、笑い、至るところに食べ物が!神々のお気に入りでもここまでないぞ!

 

「これは全て人間がなしえること、人間には自由意思があり、神々を真似て作られた存在だからみんな団結すればいずれは追い付ける存在。」

 

そうか、私は偽物の神々を崇拝させられていたのか!人間を甘やかし成長させない神々に❗

 

「おや!今度は使命感か」

 

この祭りを止めさせる

 

「ではこう言いなさい。この像に神々が宿りあなたの信仰が本当ならば私の破壊から逃れられると」

 

像を破壊しようと踊っている中心にいき像を使い踊っている人の上にお前たちが信仰している神様が本当の力を持つなら助けてくださるだろう。

 

神々は助けずに普通に死んだ。

 

村人たちは、人殺しと叫んだが

 

汝等の神々が助けてくださると信仰したからだ。

それとも信仰してないのか?神々が奇跡をお越し生き返らせることすら

 

 

選挙に行こうポスターって

こうしたポスターが貼られているみたいやけど、自分的にはあなた方には選挙来なくていいですどうせ選べませんからと書いた方が上がりそうだが

人間は自分の行動を遮断されたり妨害されたりしたとき、ストレスを感じるとともに、それを克服するためにかえって強い欲求がわきあがります。ギリシャ神話の「パンドラの箱」や、日本昔話の「鶴の恩返し」などがそうですね。登場人物は「ダメ!」と言われたことを欲求に負けてやってしまうのです。

 これを心理学ではカリギュラ効果と言います

 

ただ短期間しか効果がないためやはり損得が関わっていないと、投票が伸びることは少ないでしょう。

 

ポスターや宣伝で投票率を上げ下げしても結局は企業と同じく、何かしらのメリットを提示できなければ無意味です。

オオカミ少年

ある、村に仕事に誠実な羊飼いの少年がいました。遊びもせず退屈な毎日毎日朝から夜までしっかりと羊の番をしているためか、周りからは仕事少年と呼ばれていました。 あるとき、森にオオカミを見かけたので村の大人たちにオオカミが出たと伝えに行きました。

「たいへんだ、たいへんだオオカミだ」 村人は驚いて弓矢を持って牧場へと駆けつけました。 少年はいい仕事をしたと思い笑みを浮かべていると 「オオカミなんていないぞ?」 「逃げていったのでしょう。」 少年は村の財産が失われなかったことに安心し笑顔になった。

 

「なに笑ってんだよ!」

少年の笑顔にムカついたのかタダ働きをさせられたのかどちらかは知りませんが、怒鳴りつけました。

「オオカミの被害がなくてよかったです。」

翌日も見張っていたら、またオオカミが見えたので
「大変だ!大変だ!オオカミが来たぞ」
今度も飛び出して来ました。
しかし村人が大勢でかけつけたのかオオカミは逃げてしまいました
少年の笑顔にむかついた村人たちは
「なに笑ってんだよ!」
「嘘つき」と

「真面目のふりしやがって、もう何も信じないからなー」
こうして次の日また狙いを定めたかのようにまたオオカミがやってきます。

今度は羊を正々堂々と食べています。
「大変だーオオカミが来た。羊が全滅するかもしれない信じてくれ」

「どうせまた嘘なんだろ、俺は信じねぇ」
村人は誰も信じません。そうして羊は全滅しました。

 

こうして騙されたと思った村人たちが悪い子をしつける教訓として伝えた物語が後世に広く伝わったとさ

 

 

デマか真実か見破って見せろ!

フェイクニュースとかネットのデマに流されないように気をつけましょう。という記事がありますがネットが普及する前少なくとも、1870年の普仏戦争における開戦原因にもなったエムス電報事件のように悪意ある編集で扇動するようなことは昔からあったみたいです。

 

ではみなさん。どれだけ情報から正しモノを出せるでしょうか?

 

真の大学はこれを廃止する。その上で新しい綱領に基づくユダヤ人に都合のいい新大学を創設する。学長や教授は洗脳教育し、ユダヤ人の計画からはみ出せないようにしておく。青年を従順にし支配者を敬愛し信頼させるようにする。古典と歴史の研究を廃するようにする。ユダヤ人に都合の悪い歴史事実を抹殺する。視覚教育により非ユダヤ人を考えられない動物にする。

運動会では選手宣誓というナチス式敬礼が行われる行事がある。

日本議員はなぜか国会討論中に横向いて水を飲む議員がいる

 四

マックのハンバーグの肉は「本物の肉の代わりに、食用肉から出たくず肉、腱、脂肪、結合組織を混ぜたものから成るペースト状の生地と、アンモニアから作られたものを使用されている」

 

 

 

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デマ文章1902年にロシア人の反ユダヤ主義者により捏造されたと思われる。ナチスヒトラーの時代に日本に到来、迫害しているならば受け入れてしまえという思想から日ユ同祖論が生まれたりユダヤ世界を裏から動かしているという陰謀がうまれる。イスラム圏ではイスラエルが敵にいるためシナイ議定書どころか悪いことはユダヤ陰謀論は世界中どこよりも強い。

 

デマ下のアントワープオリンピックで導入されているためナチス式とは言えない。

ドイツのハーフが書いたので、国柄ナチス式というものを絶対悪として消していく方向へと向かっているためナチスを連想させるのは少しでも消したかったと思われる。

https://lineblog.me/sascha/archives/8342298.html

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理由は不明どこのマナーかわからないが多い。

水の飲み方でもマナーができているかどうかがわかるというからどこかで習得したかも

http://meal-manners.com/drink/water

しかし、横向いて水飲む議員は存在する。

 

これが明かされた根拠となっている裁判したという記録がそもそもない。

どこかが仕掛けたデマの可能性が高い。ジェイミー・オリヴァーマクドナルドに勝訴というのが拡散されて今現在に至る。

 

 

 

メラビアンの法則ってなんだろう?

メラビアンの法則

名前は知らなくても中身だけならセミナーやビジネス書とかでなんとなく知っている人が多いかもしれない。

 

 

アメリカUCLA大学の心理学者/アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念人物の第一印象は初めて会った時の3〜5秒で決まり、またその情報のほとんどを「視覚情報」から得ていると言う概念。メラビアンが提唱する概念において、初対面の人物を認識する割合は、「見た目/表情/しぐさ/視線等」の視覚情報が55% 、「声の質/話す速さ/声の大きさ/口調等」の聴覚情報が38%、「言葉そのものの意味/話の内容等。」の言語情報が7%と言われている。

 

就職方法とか営業方法とかに書かれているのは上の内容が強く引用されていることが多く、セットで外見を良く見せる方法とか書かれてあることが多い。

まった

待った待ったこれが本当だったら、どんなにいい原稿考えていても見た目と話し方だけでほとんど決まってしまうじゃない。

 

実際の研究は、被験者に対して顔写真を見せて、一つの単語を色々話し方を変えて実験しどう感じたか調べどこから優先的に情報を得ているか調べるというものでして

例えば怒っている顔と優しい単語と優しい口調ならばどちらを取るかというものもあるかもしれませんが

実生活でこうした場面なんて挨拶ぐらいしか想定できない。

あったとしても

元気よく挨拶する法則?

 

プレゼンやコミュニケーションには使えませんね、使えるとしたら「中身よりもみかけが大事」な法則という説得材料になる。

 

これは心理学というよりもパフォーマンス学やコミュニケーション学の権威になりつつあるような気がする。

 

心理学というよりは他のところが勝手に動いて名前だけ一人歩きした都市伝説的なものかもねー

 

調べたけどわからん。